ピアノに魅了されている人は、どんなところに魅力を感じているのか?

ピアノの歴史

ピアノは弦楽器の中でも新しい楽器で、生まれてからまだ300年ほどの歴史しかありません。歴史が深いバイオリンと比べれば、新しいのです。モーツアルトがピアノと対面したのは人生の半分を過ごしたころです。それは 1770年代の半ばでした。最初に見た時は、今のような形ではなくて、もっと劣っていた楽器だったのです。
 
それ以降、いろいろな改良が加えられながら今に至ります。そして、ピアノ曲は1700年代からどんどん作曲されたのは、それだけピアノの楽器のインパクトがあったのだと思われます。音域が広くて、音の強弱の表現もできるし、まるで歌うように音を響かせるので、楽器の理想形になると音楽家達は感じていたのです。
 
現在、演奏されているピアノは、チェンバロ(ピアノの前身として知られている)を制作していたイタリア人のバルトロメオ・クリストフォリが作ったと言われています。当時の富豪や権力者は、それぞれ独自に雇っていた楽器制作者を持っていました。彼らに、自分が楽しむための楽器を作らせていたわけです。
 
そこでメディチ家の話がでてきます。15世紀に栄華を極めた家系で15世紀以来フィレンツェを中心に銀行を生み出したのです。クリストフォリは、フェルナンド・デ・メディチ・トスカーナ・大公子家に使えていましたが、チェンバロでは音の変化に満足できないから、別の楽器を作るように依頼されたのです。そして、チェンバロを改造しはじめたのです。
 
今のピアノのメカニズムを考え出して1709年に試作品を作り上げたのです。これまでの指で弦を弾いて音を出すタイプから、ハンマーを使って弦を鳴らすピアノの原型ができあがったのです。
 
ピアノの名前も最初は違っていました。「クラヴィチェンバロ・コル・ピアノ・エ・フォルテ」とネーミングされましたが、意味は強弱を自由につけることができるチェンバロだったのです。あまりにも長いから「ピアノ」と省略されたのです。
 
当初ピアノは装置を使ったりしないで指のタッチによって音をコントロールしていましたが、 1720年に打弦機構が出来上がりました。このときに製造されたピアノが、現在の残っている最古のピアノです。このときの兼番数は今の88よりも少ない54でした。
 
クリストフォリの後継者がいなかったので、それを託されたのは、ドイツのオルガン製作家のジルバーマンでした。いろいろな工夫を加えてピアノを進化させて、指加減が弦を叩くハンマーに伝わりやすく改造しました。
 
当時大人気だったチェンバロ。彫刻や絵画を施されて、華美な楽器だったのです。バロック・チェンバロはどうしてピアノに抜かされたのでしょうか。それはチェンバロの楽器としての限界がありました。微妙な音のニュアンスの表現ができないことがあしました。
 
音の表現は音楽にとっては、一番大切な部分。それができないから、チェンバロは廃れるしかありませんでした。グランドピアノとアップライトピアノですが、最初にできたのは、大きなステージで利用されるグランドピアノでした。水平型のピアノでハンマーが下から上に動きます。
 
しかし、広い場所が必要になるので、よりコンパクトなスペースでも配置できるし、重量も軽く値段も安いアップライトピアノが生まれました。コンパクトさが受けて19世紀前半からピアノは瞬くまに広がりました。しかし、表現力で言いますと、やはりグランドピアノには勝てませんでした。19世紀後半には、今のピアノとほとんど違いがないように改良されたと言います。